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山は動かずも

今日の日中、仕事仲間から知らせが届いた。

『長野で噴火したそうですが』

その時点では何かの例えかと思った。
しかし、それを示す記述は無かった。
もしやと思い職場のテレビを確認した。
画面一杯に映っていたのは、雪山と見紛うばかりの真っ白な光景だった。

『リアルな噴火かよ。どこだ!』

声が出そうになった。
あれは全国放送だったのかも知れないけれど、ローカル局の放送の可能性も高かった。
だからこそ、長野県内であることはすんなりと理解出来た。

9月から、仕事が東北エリアから長野県へ移り、松本に勤めることになった。
松本DSC_0002web.jpg
信州長野と言えば、長閑な印象だ。
そして、ここ松本は自分にとっても思い入れの強い場所だ。
このブログに書くべきことが沢山ある。
今日だって書こうとしていたことは別にあった。
しかし、吞気なことを書いている場合ではないな。

職場を出てから聞いた話だけれど、松本からも救助隊が出動した、風向きによってはこっちにだって灰が届く、などと聞くと現実感が増す。
重大な被害に遭われた方も少なくない。
噴煙の下、今夜を山中で過ごさなければならない方もまた大勢いらっしゃる。
一方、同じ県内にいる自分は明日も変わらず仕事をすることだろう。
せめて、被害に遭われた皆さんの一日も早いご快復と山中で避難されている皆さんの無事な下山を祈ります。


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時には車の話を

先日、マツダロードスターの新型が発表された。
職場のテレビに発表の様子が映し出され、その夜仕事仲間から写真が送られてきた。
『オリジナルこそピュアだ』という内容のことを言ったのは誰だったか。
こと車に関して言えば、特に人気車種の場合、モデルチェンジの度にプレミアム色が強まる傾向があるが、すべてのケースでそれを否定するつもりは無い。
しかし、ロードスターに関して言えば、自分が愛する初代「ユーノスロードスター」の最大の魅力である「ピュア」さが失われていくことは残念でならない。
とは言え、初代のデザインテイストと大人の嗜好品としてのプレミアム感の最小公倍数を狙ったような、現行モデルである三代目には魅力を感じていた。
それでも、愛車を乗り換える理由は無かった。
今回の新型に至っては、デザインのディティールは初代とは最早別物。
自分の初めての愛車を手に入れて以来の『廃車にするまで手放したくない』という思いは未だ揺るぎない。

ロードスターはスポーツカーだ。
自分の愛車も足回りが固いモデルだ。
つづら折りの道を一人で走っている時などつい楽しくなってしまう。
しかし、ハンドルを握る時、必ず心掛けていることがある。
例えば、自分の運転によって同乗者に不快な思いをして欲しくない。
例えば、間接的にでも誰かに不快な思いをさせたくない。
そして、自分の運転によって誰かを傷つけることがあってはならない。

先程、友人、と勝手に思っている、アクセサリー作家の女性のお祖父様が他界されたとの知らせを読んだ。
以前から、そのお祖父様は交通事故に遭い、一命はとりとめたものの、病院で不自由な生活をされている、という話は聞いていた。
そのことで、彼女が心を痛めていることも知っていた。
そう、上に書いた心掛けの一つ目と二つ目は自分の体験に起因しているけれど、三つ目は彼女の話がきっかけになっていた。
自分が世の中の交通事故被害者を減らす為に行動を起こすことは出来ないかも知れない。
しかし、自分の運転によって増やさないことは出来るはずだ。

勝手な言い草と思う人もいるかも知れない。
しかし、車と運転を愛するからこそ、そう考えているのだと、この世の中にもそういう奴がいるのだということは、このブログの読者の皆さんには判って頂けると信じている。

お祖父様、貴方のお孫さんは素敵なアクセサリー作家として活躍されていますよ。
どうぞ安心してお眠り下さい。


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Pas de musique, pas de vie.:花の都 …3

パリ2日目の午後は、モンマルトルのサクレ・クール寺院へ。
サクレクールDSC_0097web.jpg
この佇まいながら、完成からちょうど100年。
気になって調べてみたところ、これはサグラダ・ファミリアの着工やエッフェル塔の完成よりも新しい。
因みに、現代建築の名作、東京カテドラル聖マリア大聖堂が完成からちょうど50年。
時代だけを考えれば、現代的な建築様式を採り入れてもおかしくないけれど、その場合今のように多くの人達から愛される場所になったかどうか…
建築物としてだけではない、聖堂として素晴らしい。
クリスチャンでない自分でさえ、立ち去ることが惜しまれた。

とは言え、若き芸術家たちが集ったモンマルトルも今や観光地。
宗教施設へと続く参道(?)の観光地っぷりが、江の島を連想させ、世の東西を問わずその辺りの事情は変わらないのだなぁ、と微笑ましいやら嘆かわしいやら。

さて、そろそろ音楽の話をしよう。

改めて思えば、東京と言わず日本でストリートミュージシャンに出くわすことは多い。
勿論パリでもそういう機会は有ったけれど、その趣は異なっていた。
路上ライブIMG_6818web.jpg
路上ライブIMG_6834web.jpg
平日の午後、必ずしも人通りが多いとは言えない場所だ。
この「自由」な様子が羨ましくなった。

日本で「路上」をやろうとすれば、勝手にやれば怒られる、許可を取ろうとすればまず間違いなく許可は得られない。
例えば、東京都の「ヘブンアーティスト」事業は、アマチュアでもトライ出来、開始から10年を経て継続していることに敬服すらするけれど、「お上のお墨付き」は得られても「自由」は無いし、演者の為というよりも、聴衆の為という意味合いが強い。
ま、それは大義名分だとしても、一定のクオリティーが求められるのは当然のこと。
フランスの「路上」事情には詳しくはないけれど、少なくともこちらの「路」は広い。
勝手にやったとしても、往来の妨げになるからと怒られることは無さそうだ。
日本の「自由」を求めるパフォーマー達もこれに倣って、お上の目の届かない、人通りの多くない場所を選んでみるのもアイディアではないだろうか。

相変わらず前置きが長い。

今回のパリ旅行の最大の目的とも言えるのが、現地の音楽に触れること。
この旅のリーダーである大先輩はパリ管弦楽団のコンサートに行くと言う。
それも大変惹かれたけれど、自分が先ず思い浮かんだのは、「今」のシャンソン事情を目にしたい、ということ。
日本でシャンソンに触れている限りでは、シャンソンを取り巻く世界は旧態依然として進化している様子が窺えない。
まさに民謡、伝承文化の様相なのだ。
本場、パリの「今」のシャンソン事情は如何なものだろう。
大先輩に相談したところ
『代表的なシャンソニエはそれこそ昔ながらのシャンソンを聴かせる観光名所。
「今」の音楽に触れたいならばジャズクラブ』
とのこと。
成程、ならばジャズ屋を探せ。

さぁ、現地で手に入れたプレイガイド誌はひたすら文字ばかり。
店の基本情報は書かれていても、その日の出演者名までは載っていない。
そりゃそうか、「ぴあ」だって似たようなものだったっけ(笑)
観光ガイドブックと照らし合わせて当たりを付け、悲しいかな電話で詳細を問い合わせる程フランス語が話せるわけでもなく、地図で場所だけ確認して飛び込みで行くとこにした。
軽く、のつもりがヨーロッパサイズの夕食を済ませ、一同はパリ管とジャズクラブの二手に分かれた。

時間調整の為に周囲を散策。
パリ1409324992540web.jpg
こう見えて19:00。
歩き甲斐のある町だ。

会場はこの通り。
デュック1409325948058web.jpg
ステージもコンパクトだけれど、キャパは50席程度。
なんと勿体無い話だ。
東京ではまず成り立たない。
しかし、lunienにとっては絶好のお手本だ。
演奏への期待も高まる。
この日の出演者は
デュック1409326269800web.jpg
Alfredo Rodriguezさん率いるピアノトリオ。
三人で手持ちのパーカッションを鳴らしながらの登壇。
のっけから楽しいけれど、これは単なる「掴み」
さぁ演奏は、彼の名がしめす通りにスペイン音楽を基調としたご機嫌なコンテンポラリージャズだ。
現代音楽的なアプローチも交えつつ、曲を重ねる度に緊張感も増していき、自分達は演奏に引き込まれるばかりなのだけれど、エキサイトする客席前列は大喜びのお祭り騒ぎ。
妙齢の女性(日本人?)が踊る姿も花を添え、終わってみれば、大満足の一夜となった。

こんな素晴らしいライブで締め括ることが出来、短いながらも充実した旅行となった。
勿論叶わなかったことは幾つもあるけれど、きっとまた訪れることになるだろう。
その際には、どんな体験が出来るだろうか。

実は今回のヨーロッパ旅行、この後が本番なのだけれど。



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